「地に根ざした理論」再び
前回掲載した『データ対話型理論の発見』の書評ですが、某所でもう少し詳しく書く機会があったので、こちらにものっけておきます。ご参考まで。
社会学研究では偉大な先人たちがつくった理論の検証に重点が置かれ、新しい理論の創出がないがしろにされている――。『データ対話型理論の発見』はそんな状況を批判し、あらかじめ設計された統計的調査等だけではなく、インタビューやテーマに関連する小説、手紙などさまざまなデータを獲得し、それらを比較、対話することによって、新たな理論を発見することの重要性を主張している。原著のタイトルが”The Discovery of Grounded Theory”、すなわち「データに根ざした理論の発見」であることを見るだけでも、思弁だけで物事を認識し構築された、現実には適合しない”Grand Theory”(誇大理論)に対し、強く異を唱えている著者の立ち位置がわかるだろう。
では、「データに根ざした理論の発見」をどうやって行なうのか。そのポイントになる主要なアイデアが「理論的サンプリング」、「絶えざる比較法」、「理論的飽和」である。
○「理論的サンプリング」
「理論を産出するために行なうデータ収集のプロセス」を指す。これは統計的サンプリング(無作為抽出法)と対比してみるとわかりやすい。すなわち、理論的サンプリングはカテゴリーとその特性を発見し、それらの相互関係を一つの理論としてつくり上げるために行なわれるのに対し、統計的サンプリングは各カテゴリーにおける人々の分布状況の正確な証拠を得るために行なわれる。理論的サンプリングは「理論の産出」が目的であるから、前述したように扱うデータは必然的に広範かつ多様なものとなるわけだ。
○「絶えざる比較法」
体系的に理論を産出することを目的に、データ収集とコード化、比較・分析を同時に行うこと。具体的には、次の四段階となる。
①各々のカテゴリーに適用可能なできごとを比較する段階。
②複数のカテゴリーとそれらの諸特性を統合する段階。
③理論の及ぶ範囲を限定づける段階。
④理論を書く段階。
○「理論的飽和」
あるカテゴリーの特性をそれ以上発展させられるデータがもう見つからない状態のこと。ある一つのカテゴリーが飽和してきたら、後はカテゴリーに関して新たな集団へ向かい、そこでの飽和を目指す。
また、著者はデータ対話型理論が実践的に適用されるためには、次の四つの特性を持つ必要があると強調している。
①理論が活用される特定の対象領域と緊密に適合していなければならない。
②その特定の対象領域に関心を持つ一般の人々にも平易に理解されなければならない。
③特定領域内の、さまざまな日常生活状況に対して十分適用可能な一般性を持ち合わせなければならない。
④その理論を用いたものが、時と共に変化して行く日常生活状況の構造と展開を部分的にせよコントロールできるようにならなくてはならない。
見方を変えれば、この4つの特性がデータ対話型理論の存在意義であり、最終的に目指すべき地点といってもよいだろう。
さて、グラウンデッド・セオリーに対する筆者の感想は次の通りである。
○思いもよらぬ理論展開への発展が期待できると同時に、内容のリアリティや現実の場面での有用性をも担保する、極めて魅力的な方法論。ジャーナリズムへの応用も考えられよう。
○複数の人間の観察でデータを集めることにより、単独では難しい多様な視点の獲得と分析が可能になる。
○一方、コーディングにおける作業の膨大さ、データの切片化でコンテクストを解体することによる重要な要素の見落とし、そして「理論的飽和」という概念は研究活動には適用できても、期限の縛りの厳しいビジネスにおいては適用しにくい、といった問題がある。
○何より、粘り強い思考とデータ収集作業を必要とするため、とっつきやすさから安易に手を出すと、中途半端な結果に終わる危険性が高い。
今後は実際にグラウンデッド・セオリーを用いて執筆された論文の読み込みを通じさらに理解を深め、現在の研究テーマに適用できるかどうか検討していきたい。
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