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2006.04.06

倒れるまで働くな

毎日新聞が「縦並び社会・格差の源流に迫る」という連載で、労働問題について取り上げている。長時間労働が原因と思われる過労死や、労働時間や派遣をめぐる厚労省と財界との綱引きを取り上げていて、かなり興味深い。

過労で一生治らない病気を抱え込んだり亡くなってしまったり、本当にひどい状況に陥る人たちが自分の知りあいの中にも出てくるようになってきた。明らかにその予備軍みたいな奴もいるし、この手の話を聞くたびに、本当になんとかできないもんか、と思う。

ただ、「倒れるまで働け」ってタイトルは扇情的すぎるよなぁ。そんなこと言う奴見たことある? 

むしろ、強制労働でもないのに過労死や異常な長時間労働が生まれるメカニズムにこそ焦点を当てるべきであって、こういうあおり方や、過重労働を押し付ける経営者vs負担に苦しむ労働者という視点”だけ”で事態をみると、かえって問題の本質がわけわかめになってしまう。

今、なんで過重労働がこんなに問題になってきたかといえば、一人当たりの業務負担がすごく増えているからだろう。以前は日本の会社は不況時でも社員のクビを切らないかわり、全体の労働時間を減らすことで対応していた。で、好況になれば抱えていた社員の稼動を増やして対応していくと。

しかし、今はそうそう余剰人員を抱え込んでおくわけにもいかなくなって、業務の繁閑に対応するには別の方法をとる必要が出てきた。その大きな一つが派遣労働者の活用である。つまり、会社の内部ではなく外部の人材の流動性を利用する形に変化してきたわけだ。

企業間競争が激しくなる中で、この潮流はまず止まらないだろう。であるとしたら、過重労働や派遣労働者の低待遇の解決は、労働時間の厳守や賃金のアップだけではなされない。いや、もちろんおかしなことは是正されなければいけないんだけど、今度は会社側がその負担に耐えられない事態が起こる、という話。そこで解決の一つの方向性として考えられるのは、人材の流動性をさらに上げて行くことだ。

比較的簡単な事務処理だけでなく、高度な専門性を必要とするような職種まで派遣なり個人請負などでカバーしていくことで、企業は必要な人材を必要なときに確保し、個人は自分の事情に応じて仕事に就いたり辞めたりできる、というイメージ。そうするためには業務の標準化などいろいろ課題はあるが、けっこう可能性はあるんじゃないかな。

もう一つ考えられるのは、企業が存続を前提としない組織形態を構築すること(それはもはや企業とは言わないのかもしれないけれど)。要は普通にやったんじゃ儲からない会社が無理して存続しようとするから社員やいろんなところにしわ寄せがいくわけで、そうなる前に解散するというか、プロジェクト単位で組織が立ち上がり、終わったらそれぞれ次の仕事に向かっていくような、そんなあり方もあっていいのではと思うわけだ。

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