見えざるものを観る②
先日紹介したように『質的研究方法ゼミナール グラウンデッドセオリーアプローチを学ぶ』はグラウンデッドセオリー(GTA)の技法をゼミ形式を用い、初学者に向けて懇切丁寧に解説しているものの、その目的や全体像が明らかにされていない欠点がある。
しかし、同じ著者が執筆した『グラウンデッド・セオリー・アプローチ 理論を生みだすまで』(戈木クレイグヒル滋子 新曜社)は対照的に、GTAの特徴とアプローチのプロセス全体がわかりやすく提示されている。この著者の解説はとにかく具体的でていねいだ。ただ、初学者は『質的研究方法ゼミナール』を先に読めと著者は勧めているが、逆の順番に読んだようが全体像がつかめてよいと思う。
GTAは提唱者の2人がその後、袂を分かったため大きく二分化されている。ストラウスの薫陶を受けた著者が本書で紹介しているのは、もちろんストラウス派の立場に立ったものだ。せっかくなので、その内容を簡単にまとめてみよう。
GTAとは、データに基づいて分析を勧め、データから概念を抽出し、概念同士の関係づけによって研究領域に密着した理論の生成を目的とする研究方法である。ただし、ここでいう理論とは、データから抽出した複数の概念(カテゴリー)を体系的に関係づけた枠組みのことだ。
質的研究というと研究者が感性の赴くまま好き勝手に論を展開するようなイメージがあるが、GTAでは分析の手順が定められているため、分析が間違った方向へ進むのを防ぐ。また、その手順は生データから理論化に向かって研究者の思考が無理なく動けるよう促進し、不足情報に気づく仕掛けにもなっている。
一方、弱点としては、研究者が目的を意識しないまま分析を行うと、技法が言語化されている分、かえって形式に縛られ枝葉末節に入り込むという事態が懸念される。
GTAを進めるプロセスは、以下のようになる。
①データの読み込みを十分に行い理解するとともに、充実したテクストを作り上げる。
データとなるのはインタビューや参加観察等を文字化したテクストである。
②データを細かく分断する「データの切片化」を行う。これはデータからの距離を取るため。
③切片化された各々の部分だけを読み、内容を適切に表現する簡潔なラベルをつける。
ラベルとは抽象度が低い概念名である。ラベルのプロパティとディメンションを付記する。
次に、にたラベル同士をまとめて上位概念たるカテゴリーをつくり、名前をつける。
これらの作業を「オープン・コーディング」という。
④一つのカテゴリーと複数のサブカテゴリーを関係付け、現象を表現する。
サブカテゴリーとは現象について、いつ、どこで、どんなふうに、なぜ等を説明するものだ。
これらの作業を「アクシュアル・コーディング」という。
⑤アクシュアル・コーディングでつくった現象を集め、カテゴリー同士を関係づける。
これがより抽象度の高い現象を説明する理論となる。
これらの作業を「セレクティブ・コーディング」という。
なお、GTAによる研究の終了は「理論的飽和」を迎えたときだとされる。その条件は三つあり、①すべてのカテゴリーが出そろい飽和に至った状態②多のカテゴリーやサブカテゴリーとのかねあいを、プロパティとディメンションによって詳細に把握できていること③大多数の事例だけでなく、少数派の状況も説明できる理論が完成できていること、である。
そもそもGTAはどのようなケースに適しているのかという問いに対して、著者は「これまでの研究蓄積が不十分で、その現象にかかわる概念同士の関係が確定できないときに使います。対象にする現象は選ばないと思います」と答えている。つまり、まだ手つかず、あるいは何だかよくわからない曖昧模糊としたテーマを知りたいときに有効な手段というわけだ。
知識創造の方法という文脈でGTAが注目されているのは、このような特徴があってのことである。
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