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2007.03.26

「私を愛してください」

 PRをちょっとかじる必用に迫られて『好かれる方法 戦略的PRの発想』(矢島尚 新潮社)を通読。著者は2005年の総選挙で自民党が契約したPR会社の経営者である。

 PRといえば一般に商品や自社の宣伝を思い浮かべるわけだけど、本来のPRの意味とは「大衆や公衆、ひいては社会との関係を向上させて、良好なものにする行為」であって、単なる宣伝とはちょっと違うと著者は指摘する。広告と比較すると、パブリシティによる記事は信頼度が高いが繰り返しが効かないのに対し、広告のほうは信頼度が低くても繰り返しができる、という違いがあるという。広告は「buy me」、PRは「love me」で、「私を買ってください」と「私を愛してください」との差ともいえるそうだ。

 本書は総選挙をはじめ、キシリトールやピル、宮崎シーガイアなど自社が取り組んだPR事例を取り上げ、PRの現場では具体的に何がどう行われているかを明らかにするとともに、PRの効果と重要性について"PR"していく。アザラシのタマちゃん騒動にもPR会社が一枚噛んでいたそうで。

 政党でいえば民主党もPR会社と契約を結んでいた。では、自民党と民主党のPR戦略の差はどこにあったか。それはリーダーたちが「伝える」ということに強い意欲を持っていたかどうかにあるという。ところが、そんな自民党政権下でも「日本に好意的な世論を喚起したい」といった大きなテーマの仕事を発注されたことはなく、この点、韓国やイスラエル、アラブ諸国などはワシントンのPR会社をうまく活用しているそうだ。この辺の差がいわゆる慰安婦問題にも関係していそうだね。

 優れたものさえつくっていればOKといった発想ではもうダメ。積極的に自らの価値を世間に伝えんとするPRの重要性と押さえるべきポイントがよく理解できる本である。ただ、その手法の要諦はニュースバリューのあるストーリーをつくり、自分たちが必ず伝えたいキー・メッセージを取り上げさせるというものだ。これをメディアの側から見ると、すでに加工済みのニュースが用意されているようなもの。便利ではあるけれど、それに乗っかってばかりいたらやがて「伝える立場」から「伝えさせられる立場」に変質してしまうだろう。毒まんじゅうみたいなもんですね。

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