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2007.09.27

ミャンマー情勢・雑感 タイとの比較など

 今まで旅行してきた中で一番人のやさしい国はどこかと聞かれたら、その一つは間違いなくミャンマーです。タイやベトナムあたりで向こうから寄ってくる連中にろくな奴らはいないけど、ミャンマーではほいほい付いていってもそういう心配がありません。中には悪い奴もいるんだろうけど、本当にホスピタリティあふれる人々という感じ。

 ただし、隣のタイがえらい勢いで経済発展しているのと対照的に、ミャンマー経済は思いっきり低迷しています。おいらが訪れた3、4年前は国際空港で飛行機降りた後、ターミナルに乗客を送迎するバスは日本の路線バスのお下がりでした。確か京急バスをそのまま使っていたような気がする。中心都市ヤンゴンでも高いビルなんか数えるほどしかないし、人々の着ている服や身につけているものも貧弱。バンコクからヤンゴンへは大阪から福岡程度の距離しかないのに、実際に訪れるとその経済的ギャップは痛々しいほどです。

 では、両国の経済格差はいったいどの程度なのか、ちょっと調べてみました。

                 ミャンマー            タイ

  • 名目GDP 約930億ドル(2005年)   1,906億ドル(名目、2006年)
  • 一人当たりGDP 219ドル(2005年)  3179ドル(2006年)
  • 経済成長率 5.0%(2005年)      5.0%(2006年)
  • 物価上昇率 17.6%(2005年)      4.5%(2005年)
  • 失業率 約10.2%(2006年度推定)    1.5%(2006年)
  • 総貿易額 輸出約30億ドル(2005年) 1,282億ドル(2006年)
  •              輸入約21億ドル(2005年) 1,260億ドル(2006年)

 上記資料は外務省Webより。ちなみにミャンマー政府は2003年以降、主要経済統計を発表しておらず、GDP関連はIMF推定、経済成長率と物価上昇率は世銀資料。統計を発表しないという時点でどの程度の政府かわかりますがそれはさておき、これだけの差が付いているのですから、そりゃ生活水準が段違いに見えるのは当然です(ただし、世界国勢図会に掲載されているミャンマーの一人当たりGDPは1174ドルで上記の数字とはだいぶ違いますが、それでもタイとの差は非常に大きい)。

 総貿易額の差も大人と子供以上。もともと社会主義経済政策で大失敗した後、1988年に国軍が政権を掌握してから開放的な経済政策を採ったものの、スー・チー女史拘束や民主勢力の弾圧でアメリカやEUの制裁措置を招き、このような現在の苦境に至るわけです。

 結局、政府の阿呆な失政の連続が、国民生活の苦境と隣国との恐るべき格差を生みだし、僧侶がデモに立ち上がる状況になっていることがわかります。で、テレビの報道を見ていたら民主化要求に力点が置かれている印象がありましたが、それ以前に国民は相当苦しい生活を強いられてきたことに留意する必要があると思います。今回の騒動の根は、ものすごく長く深い。

 それにしても、長嶋一茂にミャンマー情勢について意見求めてどうするつもりだったんだ、NEWS ZERO。

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2007.09.25

久々更新

 久々に「雇われない働き方」研究室、更新しました。

 HRD(人材育成・採用)コンサルタント 阿部淳一郎さん

 33歳にして350本の研修講演と3500名の採用面接を行ったHRDコンサルタント、阿部淳一郎さんのキャリアヒストリーです。なぜこんな若さでコンサルタントとして活躍することができるのか、興味のある方はぜひ!

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2007.09.21

きれいなノリさん

 かわうそとエビちゅの邂逅。毎度エビちゅは凄すぎる。音声注意。

 で、セ・リーグのペナント争いは三つ巴の熾烈な争いが続き大いに盛り上がっていますが、中日を応援している身としては正直、歯がゆい部分もあります。というのは、昨年の圧倒的な強さがたった1年で失われ、スカッと勝つ試合が少ないのです。

 昨年活躍した山本昌や中継ぎ陣が不調の上、昨年首位打者の福留がケガで離脱。おまけに韓国のイチローは「案の定である」の連続。そんなチーム状況を考えると、今も優勝戦線に踏みとどまっているのは本当に大したことだと思います。

 阪神と巨人に互してしぶとく戦えている要因の一つには、間違いなく中村ノリさんの加入があります。シーズン前、どこの球団からも獲得を敬遠され、阪神の岡田監督からは「取ったらマイナスあるで」とまで言われていた男が、これほどチームに貢献するとは誰が想像していたでしょうか。それにしても、この変貌ぶりの背景には一体何があったのか。写真は拾いもの。

Nori1

昔のノリさん

Nori2

きれいなノリさん

 ちょっと興味を持ったので、『noriの決断―中村紀洋のフルスイング野球人生』を読んだところ、これが色んな意味で面白い一冊でした。書評するよりはエピソードを並べたほうが伝わりそうなので、以下中村紀洋伝説など。なお、本書は2005年1月、ポスティングで大リーグへ挑戦する前に出版されたことを留意ください。肩書きも当時のまま。

  • 「近鉄とオリックスの合併」の話を初めて聞いたのは、テレビニュースから。
  • イチローとは同じ92年入団の同期生。二人とも高卒で、ドラフトも同じ4位での指名。
  • 「今の日本のプロ野球はどんどん勝ち負けだけの世界になってきて、プロ野球の醍醐味の1つである個人と個人の戦いが、反比例するかのように失われてきています。」
  • 2001年シーズン、近鉄をマジック1にした西武松坂からのサヨナラホームランが原因で、その時マスクを被っていた和田一浩が捕手をクビにされたとの噂。
  • 2002年のFA宣言の際、渡辺恒雄巨人オーナーが「金髪は要らん」と発言したのは、獲得は無理という事前の感触から出た、断られる側の口実みたいなものだったと思っている。
  • 阪神の野崎球団社長からは「天狗になっている選手もいっぱいおる。考え方を変えてやれば、選手も成長すると思うので中村選手に来てもらって、プロとしての姿勢を示してほしい」といわれた。
  • 川島コミッショナーから「松井君がメジャーへ行く。ここで中村君にも行かれると、本当に日本の野球が終わってしまう。なんとかいい方向で、今後も日本の野球を支えて頂けないだろうか」という手紙をもらい、悩む。
  • メジャー行きを決断しメッツに入団の意志を伝えた後、梨田監督に直接会って報告しようとしたら、梨田から2時間しゃべりっぱなしで慰留される。
  • 梨田の慰留の最中に「中村、メッツ入り確定」とのテレビ速報が流れ、直後、男・星野仙一から携帯に連絡が。「決めたんか」と低い声で一言いわれた。
  • 梨田、星野へ報告する前にメッツ入り確定が報じられ、これにショックを受け近鉄残留を決意。
  • 大晦日、除夜の鐘に合わせて108回の素振りをするのが毎年の慣例。
  • プロ1年目、いろいろなモデルのバットを試すため、1本1万円のバットを計130本つくる。ちなみに当時の年俸は430万円で、その中から寮費が月々5万円差し引かれていた。
  • ドラフトの際、事前に親のほうに中日から「3位で指名したい」と連絡があったが見送られる。
  • 落合博満を「師匠」とあがめている。
  • 小学校3年生のとき父親がリトル・リーグへはじめて連れて行ったら、チーム関係者から「野球よりまわしを締めたほうがええんちゃうか」と言われる。
  • ファーム時代、二軍コーチから「今の打ち方では一軍レベルでは通用せん」と言われ、「じゃあ1回上げてください。一軍バリバリのピッチャーのスピード、キレを見せてください」と言い返す。
  • 二軍監督からは「お前何年目じゃ!」と怒られたが、「はい、1年目です」と返答。
  • 二年目、水谷実雄コーチから指導を受けるようになり、キャンプで他の選手は4勤1休のところ休みなしでハードトレーニング。その厳しさは先輩選手が「このままノリが潰れたら、あのオッサン責任取れるんか」と陰でうわさするほど。
  • ハードトレーニングで太ももが肉離れしたが、それでもテーピングでぐるぐる巻きにしてガンガンバットを振っていたら、その箇所は今でも凹んだまま。
  • 4年目のシーズン中に水谷コーチから「ホームラン20本打つまで外禁や」と命じられ、素直に守る。しかし目標を達成したら「そんなこと言うた覚えない」と言われた。
  • 近鉄時代、金村義明にはほとんど口をきいてもらえなかった。
  • バッティングを考える中でイメージを作り上げることを大事にしている。「キャンプなんかで2万回、3万回降りますっていう選手もいます。極端に言えば、僕はそれだけフルならフルスイングで30回すればいいと思っています」。
  • バッターとして目標としてきたのは清原と落合。
  • 左手首の手術を3回、右膝の手術を1回経験。
  • 嫁さんからは「私がいなかったらアナタは絶対、天狗になってたわ」と言われている。

(以上、ベースボールマガジン社『noriの決断』より要約)

 願わくば中村選手には最後の阪神戦で大活躍してもらい、「取ってプラスあったな」と落合監督がコメントする展開になることを。

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2007.09.20

引退の夜

 なんとか一区切り。ふー。

 古田選手兼任監督引退発表の夜、試合は9回、中村ノリに一発打たれて逆転負け。ノリはシーズン前、例の退団騒動時に古田監督が獲得を望んだものの、フロントに却下されてあきらめた選手。大リーグへ行った岩村の代わりが600万円で取れたのにね。皮肉な巡り合わせは、ろくに支援を行わないヤクルト球団を象徴するようにも見えた。

 もっとも、ヤクルトにノリが入団していたとして、現在のように活躍できていたかは大いに疑問であるけれど。

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2007.09.06

石持専用

 結石ができるのはやはり食い物に問題があるんですかと尋ねたら、その医師は「それはいい質問だ」と膝を打って、なぜか勢い込んで語り出すのだった。

「少し前までは食事の内容が問題視されていたが、実はそれよりも夕食をとる時間の遅さのほうが問題らしい、ということがわかってきた。遅くまで仕事をして夜の9時、10時に食事をすると、食べた物が代謝されるのは数時間後なので、就寝中に代謝が行われることになる。すると、寝ているときの尿量は減少するから、濃い尿の中に結石の元になる物質がたまることになり、自ずと結石ができやすくなるというわけ。

 結石は女性より男性、かつ働き盛りの人に多く発生する。そこから、夜遅く食事を取ることがよくないのだとわかってきた。あなたも夕食をとる時間が遅いんじゃない? 仕事で遅くなるなら、6時くらいに一度夕食をとって、それから戻って仕事をしたほうがいい。できればお酢を積極的に取るといいな。お酢は結石ができるのを抑制するから。ワカメの酢の物とか、最近は飲むやつもあるでしょ。あと、奥さんは太り気味? だったら一緒に縄跳びするといい。結石を落とせて体重も落とせるから、まさに一石二鳥だよ」

 一気にそうまくし立てた後で、医師はこう話を締めくくった。

「結石の患者はだいたい3年後にまた病院に戻ってくることが多い。しかし、食事の時間やお酢などの結石を予防する効果のあるものをとっていれば、戻ってくる時期を5年先、7年先と伸ばすことができる」

 というわけで結石持ちの皆さま、ご自愛下さいませ。

 

 

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2007.09.05

相談役?

 ようやく復活、か。

 昨日夜、テレ東の「ガイアの夜明け」という番組で中国の食の生産現場のレポートをやっていた。その中で、アサヒビールが現地で安全安心な農業に取り組む姿が取り上げられていたのだが、えっと思ったのが同社の相談役がインタビューに対応していたことだった。
 本来、相談役とはあくまで相談役なのであって、事業を主導する立場にはないはず。それなのにこの事業は私が決めたといって堂々とテレビインタビューに応じる姿は、組織内に治外法権エリアが存在することを強く示唆している。
 仮にこの事業に取り組むことが戦術としては正しかったとしても、組織のあり方としては疑問が残るね。

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