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2008.05.08

「休みたいならやめればいい」の件

 ゴールデンウィークが終わり、風薫る季節に。しかしGWといっても、フリーになってからはGW明けに必ず〆切を設定されるわけでして。しかも世の中の浮ついた空気に流されて仕事に集中できず、結局は毎年、中途半端な日々になりますですorz

 で、「休み」関連でちょっと前の記事ですが、日本電産の永守社長が「休みたいならやめればいい」と言ったという件。この人の著作は何冊か読んでいるので、そのくらいは口がすべるかもなと思いながら、朝日の記事は最初から釣りを狙ったんだろうなあと推測しつつ、流れを整理してみる。

 朝日新聞が「休みたいならやめればいい」と報道。
→連合会長「言語道断」と批判、ネットで話題に
→日本電産、揚げ足取るんじゃねえよと記事に反論

 で、この発言に対する批判や議論をみていると、労働観の不毛さというか、仕事か休みかの二項対立的な話になっていくのがなんだかなあ、という気がしました。

 日本電産の歴史からみていくと、創業は1973年。当時のメンバーはたった四人で、自宅の牛小屋を改造して事務所としていたそうです。それから34年が経過した2007年の従業員数は、連結で8万9070名、グループ全体で約12万5000名。ゼロからこれだけの雇用をつくり出したわけです。

 永守氏は「最大の社会貢献は雇用の創出である」と経営基本理念に定め、その言葉通りに実践してきたことが、この数字からわかります。それが実現できたのは、会社が飛躍的に成長したからであり、その原動力となったのはハードワークであったと永守氏はいろいろなところで語っています。

<創業時の日本電産が受注できた仕事は、過酷な注文がつくために同業他社のどこも手を出さない、コンピュータ用の試作モータばかりでした。寝食を忘れて、こうした製品開発に取り組んだ結果、少しずつ世間から認められるようになりました。>

<わが社は、同業他社との競争には絶対に勝つ、という信念のもと「倍と半分の法則」を実践してきました。つまり、他社が8時間働いているのであれば、われわれは倍の16時間働き、納期は他社の半分にする―要するに、一生懸命に働こうというのが、今もわが社の伝統として受け継がれている精神なのです。>

<わが社が経営権を取得したある名門企業と日本電産は、かつてマーケットで競合していました。当時、日本電産の営業社員が毎月120件以上お客様を訪問していたのに対して、この名門企業の月平均の訪問件数は20件程度でした。この差がそのまま売上や利益の差になっていたのです。これが、商売に王道はないことを見事に証明しています。>
(『情熱・熱意・執念の経営』永守重信 PHP研究所)

 徒手空拳からスタートした小さな会社が他社との競争に打ち勝ち、成長していくにはハードワークを武器にするしかなかったわけです。つまり、雇用をつくり、増やしていくにはハードワークが欠かせない。これは競争原理の働いている世界では、疑いのない事実だと思います。日本電産はかなり極端かもしれませんが、この原則を認識していない議論は、お気楽な雇われ者の戯れ言になってしまうでしょう。

 しかし、一方でハードワークで個人はハッピーになれるのか、という問題があります。そもそも、肉体や精神はいつまでハードワークに耐えられるのか。永守社長は元旦の午前中しか休まないそうですが、そんな無茶な働き方が40歳、50歳になってもできる人は、かなり限定されるでしょう。俺なら確実に無理だな。

 要するに、ハードワークは企業が競争力を高め雇用の創出・維持に必須な反面、個人の幸福とトレードオフの関係がある。ワーク・ライフ・バランスという言葉は好きではないのですが、よりよい仕事と生活を両立する上での果てしない困難がそこにあります。

 この問題を解決するには一筋縄ではいきません。みんな定時に帰っていい給料をもらえるようにするには、まずラクして儲かるビジネスを確立しなければなりませんが、仮にそんなビジネスが存在したとしても、あっという間に新規参入が殺到してしまうことでしょう。

 とはいえ、誤解を恐れずに言えば、「できるだけラクして儲ける」ことが、問題解決の一つの方向性であると思います。言い換えると、個人および組織の生産性を向上させること。これは身を削るような「カイゼン」的なアプローチより、ビジネスモデルを一から組み替えるようなイノベーティブなアプローチが必要になるのだと思います。

 まだきちんとまとまってないのですが、もう一つ思っているのは、個人の会社へのコミットの程度を複数用意したらどうか、ということです。現在の雇用制度のように、個人の資源のかなりの部分を会社に投入するのではなく、それぞれの置かれた人生の状況に応じて仕事に関わっていくような在り方といいますか。

 すでに単純労働の分野では派遣や請負がありますが、高度なスキルと経験を必要とされる領域で、たとえば週の半分だけ働くとか、プロジェクト単位で関わるとか。そう考えると、ハッピーワークのためには従来の雇用の枠組みとは別のワークモデルの確立が必要であり、ICなんかもっと増えていいんじゃないかという気がものすごくしていますが、どうでしょう。

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