« NPO法人IC協会理事長 秋山進 さん⑤ | トップページ | 人材開発IC 岩松祥典さん② »

2006年5月29日 (月)

人材開発IC 岩松祥典さん①

成長企業の人材開発を請け負う「採用・教育のプロ」

岩松祥典さんは「採用・教育に勝る人事施策なし」をモットーに、中堅企業の社員採用・教育のアウトソーサーとして活躍するIC(インディペンデント・コントラクター)である。リクルートで人事業務や人材関連ビジネスに携わった後、ベンチャー企業の人事総務部長を経て独立。現在はIC協会専務理事も勤める。ところが出身大学は京大工学部で、卒研は原子炉の故障診断システムだったというから人の人生はわからない。

「単純に数学が得意で理系に進学したんですが、入った瞬間にこれは違う、自分がやりたいのはエンジニアではないなと思い、親に頼み込んで一年だけ在籍留年して医学部を再受験しました。でも、ものの見事に落ちまして。だからやる気のない大学生活で、学生時代は週に一度も学校に行かなかったですね。

では何をしていたかというと、塾の経営です。高校時代の友達と飲み食いするお金を稼ぐために、最初は家庭教師を週に4回やっていたんですが、家庭教師を週に何日もやっていると夜遊びに行けない。だったら、生徒を一ヶ所に集めて塾にしたほうがいいと気がついて、友達と二人で塾をつくったんですよ。

テナントを借りて、各中学校でビラをまいて生徒を集めて…。そんなに儲かりはしなかったけれど商売の面白さを知り、卒業後の進路のオプションとしてそのまま塾をやることも考えました。でも、塾を生業にするのはどうかな、と迷っていた頃にリクルートから声がかかった。たまたま就職モニターで何度か足を運んでいるうちに、『お前、そのままうちに来いよ』と誘われたんです。

リクルートという会社は何をやっているのかよくわからないけれど、なんだか面白そうな会社だし、上を見ると二年後、三年後にこういう風になれたら格好いいなという人がたくさんいました。それに、どちらかというと商売をやりたい気持ちが強かったので、じゃあ、入ってみようかと。塾は友人に任せ、僕はリクルートに入社しました。

ところが、当然配属は営業だと思っていたのにフタを開けたら人事採用で、しかも勤務地は東京。自分がやりたかった商売はできないし、関西出身なのに東京の学生を口説かなきゃいけない。最初は非常に不本意でしたが、2、3週間もするとすっかり面白くなって、とても楽しい採用担当生活になりました」

やがて理系出身の岩松さんは理系採用プロジェクトに組み込まれ、次々に目標をクリア。入社二年目にして、全国で100人いた担当者の中から見事MVPに選ばれた。

「採用は営業ですからね、成果を出すためにはとにかく学生と会いまくる。同期のつてで後輩を紹介してもらうとか、僕の入社のきっかけになった就職モニターアンケートを使うとか、学校にふらふら遊びにいって理系っぽいやつに直接声をかけるとか。要するに、採用のためならなんでもかんでもやっていました。

採用部門に4年半在籍して身にしみて感じたのは『採用は営業だ!』ということ。広告を出して誰かが来るのを待つだけ、なんてあり得ない! こちらから攻める。この頃の経験が今の仕事に生きています。その頃、江副さん(※リクルート創業者)に教え込まれた『自分より優秀な奴を採れ!』『入社動機をドラマチックに語れ!』といった採用の心得は、今でもお客さんに伝えていますしね」

【プロフィール】
1961年大阪生まれ。京都大学工学部卒業後、1985年リクルート入社。2000年にシステムコンサルティング企業に転職し、人事総務部長に。2003年1月にオフィスRPICを設立し、人材開発業務のプロフェッショナルとして活躍中。有限会社アールピック代表取締役。著書に「ITエンジニアが独立して成功する本」(翔泳社)がある。

|

« NPO法人IC協会理事長 秋山進 さん⑤ | トップページ | 人材開発IC 岩松祥典さん② »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人材開発IC 岩松祥典さん①:

« NPO法人IC協会理事長 秋山進 さん⑤ | トップページ | 人材開発IC 岩松祥典さん② »