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2006年6月14日 (水)

人事IC 田代英治 さん③

仕事の専門性を追求するか、異動を受け入れるか…

 田代さんの新しい職場は、船舶の配船と荷物の手配を担当する部署だった。会社の花形部署ではあるが、50船を担当し、相当な激務だったという。

「大きな事故はありませんが、毎日どこかで何かが起こっているので、その対応をしなければいけない。休日に家族と遊園地で遊んでいたときに携帯が鳴って、家族を残して会社へ飛んで行ったこともありました。

 その部署に3年半いた後、2001年の夏に再び人事部に戻りました。これは自分で希望を出しての異動です。実は人事部に戻る前くらいから、独立したいという気持ちが芽生えはじめてきました。仕事は大変だし、資格ももったいない。でも、その時独立していたら失敗していたでしょうね。自己逃避型の発想でしたから。

 幸い、その時は心配して『本当にやっていけるのか』と止めて下さる方がいました。人事の仕事をやっていたといっても、その時は3年ほどのブランクがありましたし、社労士の資格を持っているといってもペーパードライバー状態。具体的なスキルが感じられなかったのだと思います。結局、会社に留まり、もう一度人事の仕事をやって、先のことはそれから考えることにしました。

 人事部に再び戻った私の主な仕事は、成果主義制度の運用方法の作りこみでした。私が人事部に戻る数ヶ月前、会社では従来の年功的制度を変更し成果主義人事制度を導入したのですが、例えば目標管理制度を導入するという大枠は決まっていても、どうやって目標設定や評価を行っていくのかといったソフトの部分が、まだきめ細かくできていなかった。そういう部分を一つ一つつくっていきました。

 当時の仕事はそれだけではありません。労働組合との交渉や教育研修の事務局、メンタルヘルスやセクハラ対策などの労務管理…。守備範囲が滅茶苦茶広くて大変でしたが、仕事はとても楽しかったですね。

 しかし、ジョブローテンションがありますから、4年たてばまた異動です。実際、営業部門から引きがありました。営業部門に行ったら行ったで、楽しく仕事はできると思います。でも、それでは私の本籍がどこかわからないし、また以前の異動のときと同じ道をたどってしまう。そんなことでは会社人生が終わったときに、後悔するのではないか…」

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