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2006年6月15日 (木)

人事IC 田代英治 さん④

会社を「辞める」のではなく、「関係」を変えた

 二度目の人事配属で水を得た魚のように活躍していた頃、田代さんは会社外の人的ネットワークを広げ、さまざまな刺激を受けていた。

「社会保険労務士会で意気投合した方たちと、2004年3月に企業に勤めている社労士の勉強会を立ち上げました。それまではあまり海運業界以外の人たちとの付き合いはなかったのですが、異業種の人たちの話を聞いているととても面白いし、生きた情報を交換できて非常に刺激的でした。

 また、同じ頃に藤井孝一さんの「週末起業」という本をたまたま手にとって興味を持ち、すぐセミナーに足を運んだところ、こちらでも色々知り合いができました。その中の一人の方にブログの面白さを教えてもらい、2004年9月からブログを始めました。当時はまだ、それほどブログをやっている人はいませんでしたから、これは大きかったですね」

 田代さんが上司に「独立したい」」と伝えたのは、このブログを始める2ヶ月ほど前のことだった。ただ、それはとっさに出た言葉だったという。

「上司に呼ばれて『営業がお前に来て欲しいといっている』と伝えられて、これはマズいと思ったんです。そこで、私は思い切って独立の意志を伝えました。といっても『辞める』という言葉は一切使っていません。

その時に言ったことは、『独立し委託契約という形で、会社と関わらせて欲しい』。今までの雇用関係ではなく、別の関係を結ばせてほしいとお願いしたんです。私は決して会社がイヤになったわけではないし、海運業への愛着も変わりません。だから『辞める』ではなく、『契約の変更』をしたいといったんです。

 業務委託契約を結ぶというアイデアは私が以前から考えていたことで、会社側にもメリットがあると思っていました。人事異動が多い会社なので、ある期間、人事部が素人集団になってしまう時期がどうしても発生します。そのときに社内の仕組みに精通した何でも相談できる専門家がいれば、会社にとって役に立つ存在になるわけです。

 話を聞いた上司は『そうか、社長になるのか』といって、ポジティブな見方をしてくれました。案外、あっさり受け入れてくれたので、本当にうれしかったですね。しかし、残った大仕事が一つありました。家族の説得です。子供が中学校にあがったばかりでしたから、会社を辞めるなんて正気の沙汰ではないと思われても無理はありません。

 妻は反対しましたが、完全に会社との関係が切れるのではなく、当面の収入は減るけれど路頭に迷うこともない。何より、私の人生ですから、どの道を歩くのかを選ぶのは結局、私自身です。そんな私の考えを後押ししてくれたのが、義理の母でした。妻が自分の親に相談したら逆に私の応援をしてくれて、最終的に妻も折れてくれたんです」

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