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2006年9月14日 (木)

ブランドプロデューサー 鴫原弘子さん⑥

「先例がないのなら、創りましょう!」

 専業主婦からの復帰後、鴫原さんは従来の業務に加えてファッション業界の人材育成や、パーソナルイメージプロデュースなどにも活躍の場を広げている。

「娘に仕事をやっていいと言われたちょうどその頃、JR東日本を通じ駅ビルの名店会で社員教育を含め何かやってくれないかと依頼があり、ディスプレイコンテストのコーディネートをはじめることにしました。ディスプレイや店頭販売方法なら10数年経験がありましたし、もう一度仕事をはじめるにあたり、最新の情報を常にキャッチしなければいけないアパレルよりは時間の流れがゆるやかなので、入っていきやすいと考えたんです。

 コンテストをはじめて店舗へ採点に行くと『ディスプレイを学びたいが学校に行く時間がない』という声がたくさん聞かれました。『じゃあ、こっちが出張してスクールを開きましょう』提案すると『ぜひやりましょう』と快諾されて、教育業がはじまりました。月に2回、同じ内容の授業を行って、1年で一通り学べるように組んだプログラムはとても好評でした。学ぶ意欲があるのに学べない人はたくさんいるんですね。

 その後、地元の横浜に『ディスプレイミュージアム』ができたのを知って、その運営会社であるポピーの社長にアポをとり、『ぜひ学校をやりましょう!』と提案に行きました。その時はすぐ学校をやるという話にはならなかったのですが、私の経歴を見て、社内MDの育成や企業向け商売繁盛セミナーの講師を依頼されるようになりました」

 ポピーではその後、一昨年に日本ディスプレイクリエイターアカデミー(JDCA)を立ち上げ、鴫原さんはその運営にも関わっている。

 これまでに取材したICの方は、仕事は自分のネットワークの中から獲得している人が多く、伝手のないところに自らアクションをかけていく話はあまり聞かない。一人でやれることには限りがあり、あまり営業に労力をかけたくないと考えるからだ。その意味で、鴫原さんの動き方は珍しいのでは、と話すと、鴫原さんは次のように答えてくれた。

「それは私が女性だからですよ。私の年代を考えてください。男女雇用機会均等法のない時代から社会に出ていたんですから、自分から手を挙げないと誰も仕事を与えてくれなかった。待っていても仕事は来ないんです。

 ただし、飛び込み営業をしている感覚は自分にはないですね。伝えたいことを必要な人に伝えにいく感じ。学校をつくろうという提案も、学校に行きたいけれどシフトの都合やお金の問題で行けない人がたくさんいると知って、何とかしたい、だからぜひやりましょうと。

 私の発想の基本は、『世の中にこれだけ望んでいる人がいるのに、誰もまだ手をつけていないことがある。だからやりましょう。先例がないのなら、創りましょう!』ただ純粋にそれだけなんです。それでみんなが喜んでくれれば嬉しいじゃん、と(笑)。

 3年前に私、原因不明のかたまりがお腹の表面にできて緊急入院したことがあるんです。7人の医師がチームを組んで手術することになり、担当医に『もしガンだったら死にますよね?』と聞いたら『その可能性もありますね…』と言われ、生まれて初めて『死んじゃうかも』と本気で考えました。

 振り返ってみると、本当にいい人生でした。ただ、心残りが2つだけあった。一つは娘が成人する姿を見守れなかったこと。もう一つは、仕事での恩返し。何がいい人生だったかといえば、なりたい仕事に就けて、本当に楽しく仕事をして、豊かな生活を送れたこと。それは仕事の中で私を育ててくれた人たちがいたからこそ可能になったわけです。

 でも、まだ私は教えていただいた知識やスキルを、伝えきっていない。恩返しをしていない。これってずるいよね、と思いました。だから手術室に入るときは神様に『私の命がまだ残っているのなら、お仕事で頂いたご恩をお返ししたい。それを使命と受け止め勤めます。どうか私を世の中に帰してください』とお祈りしました。

幸い、2ヶ月の入院で退院することができ、ちょうどその頃から周囲の人の流れが変わってきたように感じています。本当に、皆さんへ恩返しするような流れになってきた。JDCAの授業がはじまり、IC協会に入会してファッション業界以外の人との関わりが増え、これまで得た知識や経験を新たな形でお伝えする機会が増えたんです。

 業界を超えてさまざまな人を知ることで、私が人にお伝えできることもはっきり見えてきました。一つは女性にとってIC、プロワーカーがとてもいい働き方だということ。これまで女性の働き方は雇われるか、起業するかしか選択肢がありませんでしたが、専門性を武器にして生きていく道もあるのです。もう一つはファッションプロデュースの知識を生かし、自分の個性を魅力と自信に変えることの出来る、パーソナルプロデュースの方法を教えていくこと。

この2つが神様から与えられた宿題である、恩返しへの道だと思っています」(了)

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