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2006年10月30日 (月)

CIO代行・補佐 三木康弘さん①

巨大プロジェクトを動かす「CIO参謀」

 有限会社CIOエージェントの三木康弘さんは、CIO(chief information officer:最高情報責任者)代行・補佐として、ITに関する戦略立案や予算調整、プロジェクトマネジメント等々、包括的にCIOの業務を支援している。独立したのは2005年7月。これまでの1年強の間にJASDAQ上場企業や全国規模の大手団体などで業務を請け負ってきた。

「現在は超大手団体のBPR(業務プロセスの抜本的再構築で、情報システムの導入を伴うことが多い)プロジェクトがうまくいかないので助けて欲しいという話があり、お客さんのところに毎日詰めています。ポジションとしてはプロジェクトオーナー(プロジェクトの最高責任者)とプロジェクトリーダー(プロジェクトの実務トップ)の参謀という形。やっていることはシステム開発のSIベンダーさんや全国各地にある支所のコントロール、経営トップにあたる理事会への報告業務、そしてプロジェクトに関わっている職員のコントロールなどです」

 ちなみに、このプロジェクトの規模は約100億円、プロジェクトの専任職員は約100名、システム開発に携わるSIベンダーは約230人という巨大なものである。ところが、三木さんは1971年生まれの35歳。この若さでこれだけの規模のプロジェクトを切り盛りできるのは尋常ではない。果たして、現在に至るまでどのようなキャリアを積んできたのだろうか?

 三木さんの最終学歴は東京工業大学大学院工学修士である。

「普通、東工大の学生だと研究職が選択肢にあると思いますが、私の場合、最初から研究職は違うなと考えていました。学生時代には学会発表や論文掲載などでそれなりに成果は出していましたので、やっていける自信はありましたが、何というか、竹やぶにこもっている感じ、“竹林の七賢”はちょっと避けたかった。企業の研究所はたいてい郊外にあり、そういうところで日々研究するのもいいけれど、あまり役に立っている感じがしない。もちろん、実際には役に立っているんですが、そういう感じを持てないのはちょっとなぁ、と。

 それで、大学院を卒業して大手証券系のシンクタンクにシステムエンジニア(SE)として入社しました。SEを一生の仕事にする気はなかったのですが、いずれ会社をつくるか独立しようとは考えていたので、やはり軸足がないといけない。手に職をつける必要がある。ではその職を何にするかと考えたときに、これからはIT系がいいんじゃないだろうかと思いました。

 この頃(1996年)はちょうどインターネットの普及が始まった時期でした。私は研究者だったので93年頃からすでに電子メールを使っており、こんなものがどう発展していくのか具体的にはわからないけれど、いわゆるITがこれからの世の中を席巻していくんだろうなと感じていました。それでまずはITの技術的なところから入ろうと考えたわけです。

 会社に一生いるつもりは当初からありませんでした。会社は基本的に修行の場。会社で修行して、将来的には人に使われるのではなく、自分ですべてコントロールできるようにしたいと最初から思っていました」

 詳しくは後述するが、三木さんは独立するまでに3つの会社でぴったり、一日のズレなく3年ずつ働いている。最初にSEとして就職し、その後システム系のコンサル、そして戦略系のコンサルで働くと学生時代から計画し、その通りに実行したのである。

(プロフィール)
1971年生まれ。東京工業大学大学院終了。工学修士(応用化学)。証券系シンクタンク、会計事務所系コンサルティングファーム、戦略系コンサルティングファームを経て2005年有限会社CIOエージェント設立。

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