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2006年11月13日 (月)

ファッション流通IC 齊藤孝浩さん③

先行するアメリカの小売業を学ぶため、現地に移り住む

 総合商社のアパレル部門で活躍していた齊藤さんだが、入社してちょうど10年目に退職した。そのきっかけは何だったのだろうか?

「入社した頃は商品をつくれば自ずと売れたものですが、ある時期から急に売れなくなって、アパレルや卸からのクレームが増えるようになりました。細かい品質にクレームをつけられたり、売れないからといって在庫を引き取ってくれなかったり。

あれ、何かおかしい、おかしいぞと思いながらも自分としてはベストを尽くして仕事をしているうちに、結局、店頭の動きがすべてを左右しているにも関わらず、お客様のことを知らないアパレルの企画部門の方たちと物事を決めていくやり方が果たして有効なのか、疑問を感じるようになってきました。

商社で仕事をしていると一般の生活者から遠いところから、いろいろなフィルターを介してお客様に商品を届けざるを得ない。これじゃダメだ。もっと前に、生活者と近いところに出ていかなければ…。そんな思いが強くなって商社を退職し、小売業へ転職しようと考えました。

一方でその頃はアメリカへ頻繁に出張へ行く機会があって、日米の小売業の違いについて考えさせられることが多々ありました。日米を比べたら、日本のお客様はまだまだ我慢させられていると感じることが多かったんです。そこで転職する前に一度、アメリカの小売業の素晴らしさを体感し、そこから学ぶために現地で暮らすことに決めました。

仕事はビジネスインターン制度を利用して、ファッショングッズや新鋭ブランドの商品を日本や韓国、イギリス向けに輸出しているサンディエゴの小さな会社で1年間働くことになりました。もちろん不安はありましたが、何とかなるだろうと思いましたし、生活者に近いところに出ていくべきという信念のほうが強かった。

担当した仕事の内容は、契約していた日本の小売チェーン3社からの依頼を受けて仕入れ先の開拓や彼らが訪米した際の展示会のアテンド等を行うほか、こちらから売れ筋商品のサンプルを送るなどの提案活動をして受注を獲得する仕事。職場では一切日本語が使えませんでしたから、英語は磨かれましたね。

現地ではショッピングセンターなどさまざまな生活業態を見ることができました。日米の違いとして感じたことは、まず接客のフレンドリーさ。ただし、この点は私が帰国する前後に日本でも向上しましたが。それから同じモノでも向こうはかなり安いし、気に入らなければ自由に返品できる制度がある。返品自由は一部の百貨店だけが特別視されましたが、向こうではどこでもやっているんです。

そして陳列にせよ商品提案にせよ、お店をいかに楽しくするかについて深く考えていることが大きく異なった。つまり、アメリカではすべてがお客様を中心に設計されているのです。日本もその後かなり改善されましたが、まだ私が体感した99年のアメリカの水準には追いついていない。当時のアメリカを100とすると、現在の日本は90くらいでしょうか。

 また、勤務していた会社のボスがMBAを持っていて、いろいろなマーケティング関連の書籍をたくさん推薦してくれたことも役に立ちました。本を読んで勉強するだけでなく、よくわからないところがあれば『これってどういう意味?』とボスに質問すると、『その点はあの店のこの部分を見てくるといいよ』と教えてくれましたから。

そんな風にアメリカの企業が考えていることがお店でどのように実現されていて、それを体験したお客様はこんな風に感じていて、だからこういう施策を実施する必要があるのだ、ということがすべて自分の中でつながっていったので、とても勉強になりました」

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